白い器の中に、「粉引」と呼ばれる器があります。読み方は、「こひき」とか「こびき」といいます。土ものならではの温かみのある、やわらかな色合いの白が特徴です。
和食器、作家の器の世界にはまり始めると、まず、この風あいのよい「粉引」という器に魅かれる方が多いです。
けれども、買って使ってみたら、シミになってしまった、とか、色合いが変わってしまった、匂いがついてしまった、カビがついてしまった、とガッカリなさる方が多いのも、この「粉引」という器だったりします。
なぜ、そういうことになってしまうのか? ということで、今回は、粉引という器が、どういう器なのか、というのを知っていただければと思います。
粉引とは、そもそもなんですか?
粉引は、温かみのある白い器です。しかしながら、白い器のことを、全て「粉引」と言うわけではありません。粉引は、粉引という技法の名前です。ベースの粘土の上に、白化粧という白い泥をかけ、釉薬をかけて焼いた器を「粉引」といいます。
器には、「有田焼き」「信楽焼」「備前焼」「瀬戸焼」という産地の名前のつくものがあります。その産地名とは別に、焼き物の技法の名前があります。「焼締」「灰釉」「織部」「白磁」「染付」「粉引」(ほかにもいろいろ)というものが、技法です。
白い器の技法あれこれ
白い器を作る技法の代表的なものの中に、「白磁」、「白釉」、「粉引」、という技法があります。
上の画像に並べてみたのは、どれも白い器です。それぞれの技法の違いで、器の焼き上がりの雰囲気が違うのを、お分かりいただける思います。
左側2客が陶器、右上が磁器、右下が半磁器の器です。左側の陶器は、土ものらしく、粘土の粒子が感じられ、やわらかくあたたかな印象があります。一方、左側の磁器、半磁器の器は、石ものらしく、硬くきりりと整った印象があります。器は技法によって、その表情に特徴があります。
ここで、技法の違いによる、白の違いをみてみましょう。
「白磁」は磁器の器です。磁器土の上に釉薬をかけて焼いた器です。白磁の多くは、少し青みがかっていたり、グレーがかっていたりします。一般的にイメージされる、洋食器の「白」とは違い、少しダークで重たい印象の白が特徴です。
(磁器土+釉薬の2層構造)
次は半磁器のマット釉という艶のない白い器です。
半磁器は、磁器と陶器の間くらいに位置する性質をもつタイプなので、磁器ほどの硬さはなく、かといって陶器のような土の粒子を感じられることもない器です。これは半磁器土の上に、白い釉薬をかけて焼いた器です。モダンで今ドキな雰囲気の白です。
(半磁器土+釉薬の2層構造)
次は「白釉」。
こちらは陶器の器です。粘土の上に白い自然釉をかけて焼いた器です。土ものならではの、ぽってりとした厚みと、あたたかい雰囲気のある白です。
(粘土+釉薬の2層構造)
そして粉引です。
粉引は、陶器の器です。ベースに「赤土」の粘土を使い、その上に白い泥をかけます。これを白化粧といいます。その白化粧を施した上から釉薬をかけます。このため、上の土ものの器よりも、さらにぽってりとした厚みと、やわらかな表情が作られます。
(粘土+白化粧+釉薬の3層構造)
焼き物の多くは、素地の粘土の上に釉薬をかけて焼くという技法で作られています。「粘土」の上に「釉薬」という2層の構造になっています。
ところが「粉引」の場合は、「粘土(赤土)」の上に「白化粧」を施し、その仕上げに「釉薬」をかけるという3層構造になっているのです。
この、3層構造になっているというところが、粉引を粉引たらしめています。3層構造だからこその、やわらかな風合いや、趣のある白が作られるといってよいでしょう。
しかしながら、この3層構造だからこそ、シミになりやすく、匂いがつきやすく、カビがつきやすいという原因となっているのです。
粉引にシミがついたり匂いがついたりしやすい理由
粉引は陶器の器です。
陶器は粒子の荒い粘土で作られています。水に浸すと、粘土の粒子の間に水が入り込み、器が水を吸水します。
陶器でも、粉引以外の2層構造の器の場合、表面の釉薬の貫入(釉薬に入るヒビ)やピンホール(釉薬に空いている小さな穴)から水分が入り込んで、ベースの粘土に染み込みます。器が乾く過程では、粘土の層から釉薬の層を通って水分が蒸発していきます。
粉引の場合、表面の釉薬の貫入やピンホールから水分が入り込み、白化粧のヒビなどの間を通って、ベースの粘土に染み込みます。器が乾く過程では、粘土の層から白化粧の層を潜り抜けて、さらに釉薬の層を通らないと水分が抜けません。
粉引は、中に水分が入り込むと、抜けにくい構造になっているのです。
また、器は熱を加えると膨張します。暖かい料理を盛るなどで熱が加わると膨張するのです。このとき、器を構成している物質、粘土と白化粧と釉薬は、それぞれ膨張率が異なるために、お互いが違う方向にひっぱり合います。これが、釉薬の貫入や、白化粧のヒビをつくる原因となります。
つまり、粉引は水分が入りやすく、お料理の色などを吸い込みやすく、一度入ってしまった水分や色が外に出にくい構造のため、シミやカビを呼びやすいのです。このため、使う際には、水にひたしてから使う、などの一手間をかけたほうがよい、とされています。
そんな粉引の魅力はどこにあるのでしょうか?
毎日の食事で使う器なのに、ちょっと面倒な器が粉引。それでも、その手間を含めて粉引という器が好き、という方は、とても多いです。手間をかけて、じっくり器を使い込む、貫入を染めていく色合いを愛しむ、そんな使い方が粉引の楽しみ方。それを「器を育てる」、などと言ったりします。
この器を使い込んだら、どんな風に「育つか?」。粉引を好きだという方は、使い込んだ先の器の表情を求めて、器を選んだりします。使い込む楽しみがある器が「粉引」。そこが魅力の器です。
粉引、と一口にいっても、様々な器があります。
上の画像の器は、どれも「粉引」です。白いプレーンなものもあれば、色むらのあるものもあります。グレーぽいもの、アイボリーぽいもの、薄ピンクのでているものもあります。
この器は、小石の混ざった粗めの粘土に、たっぷりと白化粧をかけ、透明釉がかかった粉引。ところどころに見える泥ヒビや釉薬のムラが味わい深い器です。水分を吸いやすい器で、少し薄緑色がかった白にお料理を盛ることで、どんな風合いに育つか、面白そうな器です。
この器は、白化粧を薄くかけた粉引。下地の土が透けてグレーが強くでています。また、鉄粉といわれる、粘土の中に含まれる鉄分が、器の表面にあらわれて、表情を作っています。白化粧が薄手な分、グレーが濃くなっていくという育ち方をしそうな器です。
この器は、ベースの粘土に鉄分が多く含まれているらしく、小さな鉄粉がたくさん浮かぶ粉引です。白化粧にうっすらと焦げ色がでているのが特徴です。しっかり焼けて、粘土と白化粧、釉薬が、お互いにしっかりと溶け合った器ですから、空気の層が少なめで、ゆっくりと染みていくタイプの器です。長く、このままの表情が保つ器です。
この器は、粒子が粗めの粘土に薄手の白化粧が施され、艶のある釉薬で焼き上がった粉引です。ところどころ薄ピンクというかオレンジ色に見えるのは「御本(ごほん)」と言われるもので、焼かれた際に粘土の中のガスが発生したために作り出される色があるものです。やわらかな焼き上がりで、シミやすいタイプですから、使い込んだ際の色の変化が楽しめそうな器です。
この器は、下地の透ける薄手の白化粧に、たっぷりとした釉薬がかかった粉引。御本が出たり、鉄粉が浮かんだりしています。釉薬の貫入は少なめに見えますが、使い込むほどにヒビが入り、そこにお料理が染みていきそう。雰囲気のよい器に育ちそうな粉引です。
この他にも、粉引は、作り手によって、様々な表情があります。一見、「粉引?」とわからないような仕上げの器もたくさんあります。しかしながら、粉引に共通しているのは、その柔らかな風合いと、奥行きのある白という色。
この白には、和食はもちろん、洋食も中華もエスニックなど、どんなお料理を盛っても、受け止めてくれる懐の深さがある。それが「粉引」という器なのです。
粉引は、使い込む楽しみのある器。使うのに、ちょっと手間はかかりますけれども、その手間を楽しみたいと思わせる器です。「いいな」と思う粉引の器との出会いがあれば、まずは、使ってみることをオススメします。使って、使い込んで、粉引という器の魅力を知ってもらえれば、嬉しく思います。